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2018年12月

2018年12月22日 (土)

The Other Art History: The Badass Latin American Artists Who Made '70s Conceptualism Politically Hardcore by Loney Abrams(要約)

 海外美術誌(Artspace)で見つけた、ラテンアメリカの70年代のコンセプチュアルアーティストたちの紹介記事を要約してここに掲載。記事の執筆者Loney Abrams(ニューヨーク州ブルックリン在住の美術家、文筆家、キュレーター)は、政治的状況を中核にした作品制作を行った彼らを、「かっこいい」アーティストと、記事タイトルにつけている。

 1960年代半ばから70年代なかばまで、コンセプチュアルアーティストは、アートの物質化という旧来の概念を否定して、思想やステーツメント、ジェスチャーを優先させた。その結果、アートの表現形態は、ハプニング、インターベンションからパフォーマンスや映像まで広がった。

 アーティストの思想は作品に明確に内包していると彼らは主張した。当時はそれが画期的なことであった。Joseph Kosuthの《One and Three Chairs》(1965)は、実物の椅子、写真に撮られた椅子、辞書で定義された椅子の三つを一緒に展示している作品は、椅子という概念に対する問いかけを行った。

 コンセプチュアルアートの存在が明確に知られるとともに、世界中のアーティストたちもまたアートの定義を再考し、それを広めていく。これらのアーティストの多くは、政治的経済的混乱の満ちているラテンアメリカで活動していた。

 ラテンアメリカのコンセプチュアルアートは、Mari Carmen Ramirezが、MoMAで開催された「Latin American Artists of the Twentieth Century」の展覧会カタログに「Blueprint Circuits: Conceptual Art and Politics in Latin America」を寄稿する1993年まで、紹介されることはなかった。

 Ramirezは、ラテンアメリカのコンセプチュアリズムが、北米やイギリスのコンセプチュアルアートのただ単なるコピーではなく、いかにしてコンセプチュアリズムを自分たちのものにしたか、ラテンアメリカのコンセプチュアリズムを取り巻く政治や混乱のなかから文脈化し、異なる動きとなったかを示す目的で、カタログに寄稿している。ラテンアメリカのコンセプチュアリズムは、アートのために作品を生成することではなく、行動、抵抗、コミュニケーション、そして社会参加の形態としてのアートを生成してきた。

 北米とイギリスのコンセプチュアルアートをラテンアメリカのコンセプチュアリズムと見分けたRamirezの論考から、以前は認められていなかった幾人かのラテンアメリカのアーティストをコンセプチュアリズムの枠組みに入れたことがわかる。

 キュレーターと美術史家の間で、60年代70年代にラテンアメリカから生起したコンセプチュアルアートは、文脈解釈の仕方が異なってきた。そして、明確な解決がないまま、この時期に現れた最も影響力があるいくつかのアート作品と幾人かのアーティストにバイライトを当ててきた。

 Loney Abramsの記事では、ラテンアメリカの7名のコンセプチュアルアーティストの作品が紹介されている。米国中心のアート世界から軽んじられながらも、北米のコンセプチュアルアートの概念を事実上揺るがした作品である。

EDUARDO COSTA
“Art in the Mind” exhibition, 1970
ブエノスアイレス生まれのEduardo Costaは、1970年の「Art in the Mind」展に出品。テキストは、コンセプチュアルアート作品を解明するだけではない。コンセプチュアルアートや大概のアートの本質をむしばむ働きをする。
Eduardocosta

OSCAR BONY
La Familia Obrera (1968)
Oscar Bonyは政治難民として、アルゼンチンで起きた1976年の軍事クーデターによりミラノに移住している。既にコンセプチュアルアーティストとして政治扇動者としても論争の的となっていた。

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ANA MENDIETA
"Silueta Series," 1973-77
キューバ出身のAna Medieta(1948-1985)は、ニューヨーク市にあるグリニッジ・ビレッジのアパートの33階から謎の転落死をしている。享年37歳。12歳の時、キューバから米国アイオワに移住する。アイオワ大学在学中から、女性に対する暴力をテーマにしたパフォーマンスや不気味な作品制作を行っている。Mendietaは、「大地と身体のアート」で知られるようになった。

Anamendieta
Detail: Ana Mendieta, "Untitled (from Silueta Series in Mexico)," 1973-77/1991 © The Estate of Ana Mendieta Collection, LLC Courtesy of Galerie Lelong, New York and Paris and the Collection of Diane and Bruce Halle.

COLECTIVO ACCIONES DE ARTE (CADA)
No + Campaign, 1973
1973年チリで起きた将軍ピノチェットの軍事クーデターによって、自由選挙で誕生したサルバドール・アジェンデ大統領の社会主義政権が倒される。ピノチェット独裁政権下(1973-1990)で、数千のチリ国民が拷問を受け行方不明となった。Colectivo Acciones de Arte(芸術行動集団)は、ピノチェット政権の間、最も目立ったアーティスト集団である。No+Campaignは、軍事弾圧を示す様々なシンボルを、「No More」の後に描いている。多くのコンセプチュアルアートのように、作品としてのバナーは鑑賞者にアート作品を完成させることを求めている。

Colectivoaccionesdearte

LUIS CAMNITZER
Leftovers, 1970
ドイツで生まれたLuis Camnitzer(1937-)は、1939年に彼の家族がナチのドイツを逃れて移住したウルグアイで育つ。最も知られている作品《Leftover》は、ウルグアイで行われた拷問と関連付けられている。80個の段ボールからなり、それぞれが手術用ガーゼで硬く包まれ、血痕に見立てた樹脂が付着している。1968年から72年まで、ウルグアイは社会不安の時代が続き、反体制派は拷問を受け手足を切断されることがあった。

Luiscamnitzer
Image via Tate

CILDO MEIRELES
Insertions Into Ideological Circuits (1970-76)
1948年リオデジャネイロで生まれたCild Meirelesは、インディヘナ保護局の仕事をする父親とともに子どもの頃からブラジル中を巡る。父親は、子どものCildoを地方のブラジルやツピ族の信仰を触れさせた。1970年に制作された《Insertions into Ideological Circuits》は代表作。この時代のブラジルの美術家たちは、政府から少しでも政治性のある作品jは検閲を受けていた。Meirelesは、検閲を逃れて世界中の観者に届くように、二つの《Insertions into Ideological Circuits》を制作している。

Cildomeireles

MARIA EVELIA MARMOLEJO
コロンビア人アーティストのMaria Evelia Marmolejoは、自身の肉体に暴力を加える過激なパフォーマンスで知られているMarina Abramovic(ユーゴスラビア出身、1946年生まれ)ほどの過激さはないが、本稿で既に紹介したアーティストより少し若い世代ながら、フェミニスト・パフォーマンスでは前例のない活動を行った。1981年、コロンビアで最初のフェミニスト・パフォーマンス作品を発表し高い評価を得て、Marmolejoの作品は、コロンビアやラテンアメリカにおける環境保護や政治的抑圧から、女性の役割、女性の身体表現や女性の身体の象徴的な意味までにおよぶ問題に取り組んだ。

Mariaeveliamarmolejo
Image via Art Nexus

MoMA 「Latin American Artists of the Twentieth Century」展覧会カタログ

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Latin American Artists of the Twentieth Century
Hardcover: 424 pages
Museum of Modern Art; 1993)
9.5 x 1.2 x 11.5 inches

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2018年12月 3日 (月)

世田谷美術館「アフリカ現代美術コレクションのすべて」ほか

 世田谷美術館の「アフリカ現代美術コレクションのすべて」。紹介されている9名は西アフリカ地域の出身で、美術や法律などの高等教育を受けているアーティストが多い。生誕年でいうと長老は、サカ・アクエ(ガーナ、1923-2007)、パスカル・マルチーヌ・タユ(カメルーン)が一番の若手で、1967年生まれとなる。コンパクトな展示で、アフリカの現代美術の一端が掴める。

 彫刻家で音楽活動も行ったサカ・アクエは、早くから世田谷美術館での展覧会(1989年)で紹介されている。彫刻家エル・アナツイ(ガーナ、1944-)は、2011年に神奈川県立近代美術館で日本で初の大規模な回顧展が開かれている。

 本展には、床屋の看板の展示もある。いずれも作家不詳なのだが、イラストでヘアースタイルが描かれていて、「Boeing 707」、「Ford Concord」などのようなスタイル画を見て、お客は「このヘアースタイルにしてくれ」と頼んでいたんでしょうかね。面白い。

   参考になるかどうかわかりませんが、アフリカの子どもたち(4歳から15歳まで)の絵が、カナガワビエンナーレ国際児童画展のサイト「子どもアートミュージアム」で観られますので、よかったらアクセスしてください。
http://www.earthplaza.jp/biennial/japanese/refarence-country/index.html

 アフリカ現代美術コレクション展示の後は、小コーナー展示として「追悼-保田春彦」が続く。生前、仕事で一度だけ電話で話しことがありますが、気さくな性格が電話の声からも伝わってきました。

「アフリカ現代美術」、「保田春彦」ともに、来年4月7日まで展示。

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 場所を移動して、清川泰次記念ギャラリーに。来年3月17日まで開催中の「清川泰次 昭和の学生旅行」は、清川が愛用したライカで撮影した写真展。これが終わって次年度からは、絵画展となるそうだ。清川はアメリカ時代、岡田謙三と交流をもっている。

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