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2018年11月12日 (月)

駒井哲郎-煌めく紙上の宇宙  Tetsuro Komai: A Pioneer of Modern Japanese Copperplate Prints

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左:駒井哲郎の自画像(油彩、1942年)
右:《手》(シュガー・アクアチント、1960年)


 福原義春コレクションを含めた238件291点を展示する「駒井哲郎-煌めく紙上の宇宙」は、横浜美術館で、12月16日まで開催。

駒井哲郎-煌めく紙上の宇宙
2018年10月13日(土)-12月16日(日)
会場 横浜美術館(横浜市西区みなとみらい3-4-1)
開館時間 10時-18時 (入館は17時30分まで)
* 2018年11月23日(金・祝)は20時30分まで(入館は閉館の30分前まで)
休館日 木曜日
観覧料 一般1500円 大学・高校生 中学生600円 小学生以下無料
     65歳以上1400円
主催 横浜美術館(公益財団法人横浜市芸術文化振興財団)、日本経済新聞社
協賛 資生堂
特別協力 世田谷美術館
問合せ Tel045-221-0300(代表 10時~18時、木曜日休館)

 2000点を超える長谷川潔作品を収蔵する横浜美術館は、日本の現代版画の成り立ちを示す物語をたどる作家として、長谷川の次世代にあたる駒井哲郎を取り上げた本展は、駒井の広い交友関係や影響関係を紐解くことで、銅版画家としての駒井を、多面的な彼の姿や位置づけを捉え直す。

 駒井は、銅版画の普及に邁進した西田武雄(1894-1961)から銅版画の技法を学んでいる。西田は、横浜商業学校(現・横浜市立横浜商業高等学校)で学んだ後、1923年から美術商を始め、1931年に、エッチングを普及する日本エッチング研究所を設立した。さらに、銅版画の啓蒙を目的とした月刊誌「エッチング」を発行している。駒井14歳の時、父親のもとに送られてきた月刊誌「エッチング」を、偶然に目にし、同誌に掲載されていた西洋の銅版画の魅入られたという。

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月刊誌「エッチング」の展示

 銅版画を中学二年生で始めた駒井哲郎は、戦前の西洋版画のコレクターだった小島烏水の「エッチング講和会」に参加している。小島烏水は、西田武雄と横浜商業学校の先輩と後輩の仲であり、西田の著書『エッチングの描き方』に序文を寄せている。小島烏水コレクションから、駒井の造形的に親和性が高い西洋版画を、駒井の作品とともに、「第1章 銅版画との出会い」で展示している。

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左:西田武雄《御濠之松》(エッチング、n.d.)
右:西田武雄《震災》(エッチング、n.d.)

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左:駒井哲郎《丸の内風景》(エッチング、1938年)
右:マキシム・ラランヌ《マルムーセ街(古きパリ)》(エッチング、1862年)

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左:駒井哲郎《題名不詳(仮題:河岸》(エッチング、c1935年)
右:駒井哲郎《船着場のある風景》(エッチング、1935年)


「僕は銅版画が好きだ。
うす薔薇色の鏡にように磨かれたほのかに光る銅版を見ていると
版の上に色々のイマージュが想像の裡に浮かんでくる。
駒井哲郎「銅版画」『アトリエ』1951年6月号

 駒井は、東京大空襲で家を失ったが、世田谷区内に設けた新居に小さな仕事場を得て、銅版画制作を再開する。そして、恩地孝四郎と弟子たちによる版画研究会「一木会」の同人となった。恩地の木版技法などが、駒井に影響を与えている。作品主題も、写実的な風景から、内心的な心象風景へと一転する。

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左:恩地孝四郎《リリックNo.6孤独》(マルチブロック、1949年)
右:恩地孝四郎《ポエムNo.3春の譜》(木版、多色、1944年)

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左:駒井哲郎《地下室(ヴィラ・メイズの地下部屋》(メゾチント、シン・コレ:雁皮紙、1951年)
右:駒井哲郎《白い黒ン坊》(アクアチント、ドライポイント、1950年)

 総合芸術グループ「実験工房」の顧問格であった瀧口修造と、1950年に出会い、瀧口は駒井のよき理解者となった。瀧口の推薦で、駒井は、「実験工房」で活動することになる。

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駒井哲郎《資生堂ギャラリーでの個展案内(瀧口修造宛/1953年1月25日付》(エッチング、1953年)

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左から、山口勝弘《ヴィトリーヌNo.6》、北代省三《スペース・モデュレーター》、北代省三《エウクレイデスの世界》

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左から、パウル・クレー《花ひらく木をめぐる抽象》、駒井哲郎《時間の迷路》、駒井哲郎《夕べの街》

 1954年3月に渡仏した駒井は、長らく憧れていた銅版画家、長谷川潔を訪問する。フランス国立美術学校に入学した駒井は、長谷川の薦めで、基本的な技法のエングレーヴィングを専攻する。渡仏中に、親密な師弟関係を結んだ長谷川潔との関係に光を当てている。

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左:長谷川潔《半開きの窓》(エングレーヴィング、1956年)
右:駒井哲郎《教会の横》(ドライポイント、エングレーヴィング、1955年)

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左:駒井哲郎《R婦人像》(アクアチント、エッチング、背景はレースモノタイプ、1950年)
中央:長谷川潔《二つのアネモネ》(アクアチント、1934年)
右:駒井哲郎《R婦人像》(アクアチント、エッチング、1971年)

 詩人の大岡信とは、1958年、書肆ユリイカ創立10周年記念として開催された「ユリイカ詩画展」で、若手詩人と美術作家の組み合わせがきっかけで、知り合っている。駒井は、大岡の詩集『記憶と現在』で、二編の詩に寄せて版画を制作している。ほかに、安藤次男、中村稔、粟津則雄、野間宏、埴谷雄高、金子光晴、丸山薫、小山正孝、谷川俊太郎、福永武彦の作品に版画を寄せている。

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 駒井は、1970年代以降特に多色刷りのモノタイプを多数制作し、優れた色彩感覚を発揮する。

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左:駒井哲郎《il neige...(雪が降る...)》(モノタイプ、多色、手彩色、1966年)
右:駒井哲郎《花と黄色い家》(モノタイプ、多色、c19661年)

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駒井哲郎が愛用した版画道具類も展示されている。

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