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2018年11月

2018年11月25日 (日)

生誕110年 東山魁夷展 Higashiyama Kaii Retrospective 1908-1999

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生誕110年 東山魁夷展
Higashiyama Kaii  Retrospective 1908-1999

会期 2018年10月24日(水)-12月3日(月)
    毎週火曜日休館
会場 国立新美術館 企画展示室2E
         東京都港区六本木7-22-2
開館時間 10:00-18:00
※毎週金・土曜日は 20:00まで
※入場は閉館の30分前まで
観覧料 一般1600円 大学生1200円 高校生800円
※中学生以下無料
※他に、団体割引、障がい者無料などの料金制度あり
問合せ 03-5777-8600(ハローダイヤル)

主 催 国立新美術館、日本経済新聞社、テレビ東京、BSテレビ東京
特別協賛 大和証券グループ

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左から、自然と形象 秋の山(1941年)、自然と形象 雪の谷間(1941年)

 もう一作の《早春の麦畑》(1941年)と合わせて三部作からなる《自然と形象》は、季節の異なる甲州地方を描いています。柔らかに鑑賞者の目に映じる風景を描いた東山魁夷は、1908年(明治41)に横浜で生まれ、東京美術学校(現・東京藝術大学)で日本画を学びました。魁夷の生誕110年を記念し、国立新美術館で、本画68点、習作とスケッチ45点を紹介する展覧会が、12月3日まで開催中。

 終戦前後に、父親、母親、弟を次々と亡くしながらも、魁夷は、「終戦直前、死を覚悟した時に見た平凡な風景が生命に満ち溢れて輝き、何よりも美しく感じた体験」をします。

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残照(1947年)

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左から、郷愁(1948年)、月宵(1948年)

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道(1950年)

 川端康成から急速に失われていく京都の姿を描き止めるように勧められた魁夷は、「京洛四季」シリーズを残しています。下記は京洛四季のスケッチ。

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 東京美術学校卒業後の約二年間(1933-1935年)魁夷は、ドイツに留学しています。魁夷は、京都連作の展覧会の翌年、かつて留学していた懐かしいドイツ、そしてオーストリアに向かい、堅牢な石造りの建物や街並みを描いています。

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晩鐘(1971年)

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窓(1971年)

 1971年に、奈良の唐招提寺から、魁夷は障壁画の制作を受けます。1975年と1980年の二期に分けて、唐招提寺に作品を奉納しました。

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 特定の地から離れた「心を写す風景画」の作品群の展示で終わります。

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ミュージアムショップ
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2018年11月12日 (月)

駒井哲郎-煌めく紙上の宇宙  Tetsuro Komai: A Pioneer of Modern Japanese Copperplate Prints

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左:駒井哲郎の自画像(油彩、1942年)
右:《手》(シュガー・アクアチント、1960年)


 福原義春コレクションを含めた238件291点を展示する「駒井哲郎-煌めく紙上の宇宙」は、横浜美術館で、12月16日まで開催。

駒井哲郎-煌めく紙上の宇宙
2018年10月13日(土)-12月16日(日)
会場 横浜美術館(横浜市西区みなとみらい3-4-1)
開館時間 10時-18時 (入館は17時30分まで)
* 2018年11月23日(金・祝)は20時30分まで(入館は閉館の30分前まで)
休館日 木曜日
観覧料 一般1500円 大学・高校生 中学生600円 小学生以下無料
     65歳以上1400円
主催 横浜美術館(公益財団法人横浜市芸術文化振興財団)、日本経済新聞社
協賛 資生堂
特別協力 世田谷美術館
問合せ Tel045-221-0300(代表 10時~18時、木曜日休館)

 2000点を超える長谷川潔作品を収蔵する横浜美術館は、日本の現代版画の成り立ちを示す物語をたどる作家として、長谷川の次世代にあたる駒井哲郎を取り上げた本展は、駒井の広い交友関係や影響関係を紐解くことで、銅版画家としての駒井を、多面的な彼の姿や位置づけを捉え直す。

 駒井は、銅版画の普及に邁進した西田武雄(1894-1961)から銅版画の技法を学んでいる。西田は、横浜商業学校(現・横浜市立横浜商業高等学校)で学んだ後、1923年から美術商を始め、1931年に、エッチングを普及する日本エッチング研究所を設立した。さらに、銅版画の啓蒙を目的とした月刊誌「エッチング」を発行している。駒井14歳の時、父親のもとに送られてきた月刊誌「エッチング」を、偶然に目にし、同誌に掲載されていた西洋の銅版画の魅入られたという。

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月刊誌「エッチング」の展示

 銅版画を中学二年生で始めた駒井哲郎は、戦前の西洋版画のコレクターだった小島烏水の「エッチング講和会」に参加している。小島烏水は、西田武雄と横浜商業学校の先輩と後輩の仲であり、西田の著書『エッチングの描き方』に序文を寄せている。小島烏水コレクションから、駒井の造形的に親和性が高い西洋版画を、駒井の作品とともに、「第1章 銅版画との出会い」で展示している。

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左:西田武雄《御濠之松》(エッチング、n.d.)
右:西田武雄《震災》(エッチング、n.d.)

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左:駒井哲郎《丸の内風景》(エッチング、1938年)
右:マキシム・ラランヌ《マルムーセ街(古きパリ)》(エッチング、1862年)

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左:駒井哲郎《題名不詳(仮題:河岸》(エッチング、c1935年)
右:駒井哲郎《船着場のある風景》(エッチング、1935年)


「僕は銅版画が好きだ。
うす薔薇色の鏡にように磨かれたほのかに光る銅版を見ていると
版の上に色々のイマージュが想像の裡に浮かんでくる。
駒井哲郎「銅版画」『アトリエ』1951年6月号

 駒井は、東京大空襲で家を失ったが、世田谷区内に設けた新居に小さな仕事場を得て、銅版画制作を再開する。そして、恩地孝四郎と弟子たちによる版画研究会「一木会」の同人となった。恩地の木版技法などが、駒井に影響を与えている。作品主題も、写実的な風景から、内心的な心象風景へと一転する。

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左:恩地孝四郎《リリックNo.6孤独》(マルチブロック、1949年)
右:恩地孝四郎《ポエムNo.3春の譜》(木版、多色、1944年)

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左:駒井哲郎《地下室(ヴィラ・メイズの地下部屋》(メゾチント、シン・コレ:雁皮紙、1951年)
右:駒井哲郎《白い黒ン坊》(アクアチント、ドライポイント、1950年)

 総合芸術グループ「実験工房」の顧問格であった瀧口修造と、1950年に出会い、瀧口は駒井のよき理解者となった。瀧口の推薦で、駒井は、「実験工房」で活動することになる。

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駒井哲郎《資生堂ギャラリーでの個展案内(瀧口修造宛/1953年1月25日付》(エッチング、1953年)

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左から、山口勝弘《ヴィトリーヌNo.6》、北代省三《スペース・モデュレーター》、北代省三《エウクレイデスの世界》

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左から、パウル・クレー《花ひらく木をめぐる抽象》、駒井哲郎《時間の迷路》、駒井哲郎《夕べの街》

 1954年3月に渡仏した駒井は、長らく憧れていた銅版画家、長谷川潔を訪問する。フランス国立美術学校に入学した駒井は、長谷川の薦めで、基本的な技法のエングレーヴィングを専攻する。渡仏中に、親密な師弟関係を結んだ長谷川潔との関係に光を当てている。

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左:長谷川潔《半開きの窓》(エングレーヴィング、1956年)
右:駒井哲郎《教会の横》(ドライポイント、エングレーヴィング、1955年)

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左:駒井哲郎《R婦人像》(アクアチント、エッチング、背景はレースモノタイプ、1950年)
中央:長谷川潔《二つのアネモネ》(アクアチント、1934年)
右:駒井哲郎《R婦人像》(アクアチント、エッチング、1971年)

 詩人の大岡信とは、1958年、書肆ユリイカ創立10周年記念として開催された「ユリイカ詩画展」で、若手詩人と美術作家の組み合わせがきっかけで、知り合っている。駒井は、大岡の詩集『記憶と現在』で、二編の詩に寄せて版画を制作している。ほかに、安藤次男、中村稔、粟津則雄、野間宏、埴谷雄高、金子光晴、丸山薫、小山正孝、谷川俊太郎、福永武彦の作品に版画を寄せている。

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 駒井は、1970年代以降特に多色刷りのモノタイプを多数制作し、優れた色彩感覚を発揮する。

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左:駒井哲郎《il neige...(雪が降る...)》(モノタイプ、多色、手彩色、1966年)
右:駒井哲郎《花と黄色い家》(モノタイプ、多色、c19661年)

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駒井哲郎が愛用した版画道具類も展示されている。

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Picasso - Picabia. La pintura en cuestión

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Pablo Picasso, Retrato de Dora Maar, 1937. Musée national Picasso-Paris. © Sucesión Pablo Picasso, VEGAP, Madrid, 2018
Francis Picabia, Habia II, ca. 1938 y ca. 1945. Ursula Hauser Collection, Suiza. © Francis Picabia, VEGAP, Madrid, 2018

Fundación MAPFRE(スペイン、バルセロナ)で、ピカソとピカビアの二人の結びつきを紹介する初の展覧会が、来年1月13日まで開催されている。絵画、グラフィック、雑誌、手紙、写真など、150点を超える展示。

Picasso - Picabia. La pintura en cuestión
11/10/2018-13/01/2019
Sala Fundación MAPFRE Casa Garriga Nogués

 スペインにルーツを持つ二人の美術家、ピカソとピカビアは、アヴァン=ギャルドに参加し、常に新たな表現形式に挑み、パリに起きている芸術の動きの中心にいた。ピカビアと比べて、今日では、ピカソはよく知られる存在だが、二人とも20世紀美術に大きな貢献をもたらした。

 1910年頃のキュビズムの創始から、1915年のダダイズム(ピカソはその中心人物)、担当キュレーターたちが、モンスター古典主義と称した様式を、ピカソとピカビアともに共有した1920年代半ばまでを辿る。本展の最後で、二人の美術家の晩年について検証を行っている。ピカソは、人体の習作に集中し、ピカソより20年先に死亡したピカビアは、具象性を排除し、淡いモノクロームの作品へと変化していく。

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